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2010.11.23

聞き上手な人は

亀和田武氏の心に響く言葉より…

彼はたしかに話術の才能に長けた話上手ではあったが、その何倍も「聞き上手」であった。
たとえば目の前に、どこといって特徴のない、地味で目立たない会社勤めの女のコがいたとしよう。
普通の男なら、まあ、とりあえず昨日みたテレビの番組かなにかを話題に、
二言、三言くらいは話しかけるかもしれない。

沈黙は苦痛だから、むりやり共通の知人の名前でも出して、
なんとかその場を保たせようというくらいの努力を、少しはするだろう。
しかし、彼の場合、われわれとはまったく異なったアプローチを彼女に試みる。

まず、どんな会社に勤めているのかを尋ねる。
有名企業じゃなくっても、どんなものを作ったり売ったりしている会社なのかを聞き出していく。
もちろん、彼女の仕事内容にも質問を向ける。

「別に、どうってことない仕事です。お茶くみとコピー取りとか」。
普通だったら、ここで会話は途切れる。
彼女は自分の仕事を楽しんでない。
退屈な職場、意味のない毎日。
できるなら、そんな会社のことを話題にしてほしくないのに、という顔になっている。

ところが、彼はひるまない。
お茶をいれるときに、部長のお茶と、平社員のそれでは、お茶っ葉の銘柄は違うのか。

そんなことから聞き出してくる。
「えっと、部長は…」
彼女が重い口を開き始めたら、それは彼のペースだ。
お茶をいれる給湯室はフロアーのどこにあるのか。
給湯室で女子社員たちはどんな会話を交わすのか。
制服はどんなデザインなのかといったことまで、テンポよく彼は質問を投げつけてくる。

こんなことを聞いてきた人は初めてだ。
彼女はちょっと当惑している。
しかし悪い気はしない。
彼女はポツリポツリと、職場の様子を聞かれるままに喋り始める。

ごく一般的にいえば、人間は誰でも自分のことしか興味がない。
他人の生活のディテールなんて、どうでもいいと思っている。

そんな中で、ひとり超然と「聞き上手」に徹する彼に、自然と人が群がったのも当然といえる。
誰もが程度の差こそあれ「私の話を聞いて、聞いて!」という、
自分でも持て余すほどの欲求を抱えて悶々としている。

そんな彼が、ただの人気者ではなく、周囲から一目も二目も置かれる、
異彩を放つ特異な才能の持ち主と認識されたのも当然のことだった。

『人ったらし』文春新書

ちなみに、彼こと山口文憲氏は、その後、香港に渡り、人や物事への飽くなき好奇心から、
路上観察を実践し、『香港 旅の雑学ノート』という本を書き上げた、その人である。

一般的に、普通の人は知り合ったばかりの人に対し、あまり立ち入ったことを聞いたりはしない。
距離感を適度に保とうとする意識や、セクハラやパワハラということも恐れるからだ。

コミュニケーションの上手な人は、話すことよりむしろ聞くことの方が上手だ。
相手に警戒心を抱かせることなく、すんなり色々なことを聞き出してしまう。

聞くのが下手な人は次々質問するだけで、相手の話を聞いていないから、
会話のキャッチボールができない。
相手の気持ちも分かろうとしないから、無機質な尋問のようになってしまう。

聞き上手な人は、ユーモアと笑顔があり、あいづちや、うなずきが多く、
ソフトな語り口で決して上から物をいうことがない。
同時に、人や物に対しての猛烈な好奇心がある。

好奇心とは、未知のことや珍しいことへの興味のことだが、
ディテールという細部に対する関心を持つことでもある。

相手がさもないと思っていることを、面白がったり、そこにスポットライトを浴びせ、
輝かせることができる人は、人に対する深くて温かい愛情を持っている。

人を喜ばせ、幸せにすることのできる、「聞き上手」でありたい。



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