2010.9.1 |
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へこたれない |
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鎌田實(みのる)先生の心に響く言葉より…
風(ふう)ちゃんは四十五歳。
脳性麻痺で体感機能障害がある。
両手はまったく使えない。
字を書くのも足で。
二本の箸も足で持つ。
ご飯を手で口に運ぼうとすると、一口食べるのに一時間かかる。
諏訪中央病院の看護学校で、毎年、哲学の授業をしてもらっている。
生きるとは何かを語ってもらう。
授業は笑いがあふれる。
吉本のお笑いを聞いているようにおもしろい。
自分の障害を全部ギャグにしてしまう。
笑わせて、笑わせて、その向こう側に命の切なさを、風ちゃんは伝えてくれる。
「生きていくのが嫌になって、死にたいと思った時、
頚椎の損傷で手足四本まったく動かない他の障害者に言われた。
『おまえは自分で自分の命を絶てるからいいなあ』」
風ちゃんはそれまで、自分は世界で一番不幸だと思っていた。
「ハンディはいっぱいあるけど、自分はまだまだ恵まれている。
両手は使えない。
足も不自由だけど、それでも、少しは移動できる。
ちょっと誰かに応援しえもらえば、旅だってできる。
ストローを使えば、お酒だって飲める。
日本酒か焼酎か、選ぶことだってできるんだ。
その時、幸せって何かわかったような気がした」
「一生かけて障害者。やりがいあるね。
この役こなすのはちょっとタイヘンだけれど、
演じれば演じるほどに、奥が深くてのめりこんでしまう。
こんな役、なげだしたい。とてもじゃないけれど、精神力がいる。
だけどせっかくの役だから、最後までやってみる」
「体は不自由だけど、私は自由だ。
体は不自由だけど、私は不幸ではない。
自由も、幸せも、ちょっと視点を変えれば見えてくる。
自由も、幸せも、よくばらなければ、つかまえることができる。
自由も、幸せも、へこたれなければ、手にいれることができる。
だれでもできる、きっと。」
『へこたれない』PHP研究所
我々は、嫌なことがあったり、うまくいかないことがあると、すぐにへこたれてしまう。
そして、不幸だと思ったり、投げ出したいと思ったりしてしまう。
しかし、そういうとき、余命何日と病気を宣告されてしまったらどうだろう。
あるいは、事故で、体の自由が急にきかなくなり、寝たきりとなってしまったとしたらどうだろう。
それまでの、嫌だったこと、うまくいかなったことが、まるで夢のように感じられるかもしれない。
眠れないほど悩んだことも、死ぬほどタイヘンだと思ったことも、
不治の病や、寝たきりになることを考えたら、天国のように感じられるかもしれない。
人は誰も、人生と言う舞台で、定められた役を演じて生きている。
ある人は、美貌でスタイル抜群の有名な女性の役かもしれない。
別の人は、風采(ふうさい)のあがらない、しょぼくれた無名の男の役かもしれない。
そして、障害者という役もある。
しかし、どんな役を割り振られたとしても、それを投げ出すわけにはいかない。
タイヘンかもしれないが、へこたれないで、最後までしっかりと演じてみたい。 |
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