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2010.8.15

行雲流水(こううんりゅうすい)

藤原東演住職の心に響く言葉より…

知人の僧侶が幼稚園を経営していて、財政的に行き詰まり、金策に奔走する日々が続いた。
ついに万策尽きてしまう。

いつも懸命に働いている先生方や、明るい園児の姿を見て、
彼らを裏切るのかと思うと、じっとしていられない。
当てもなく歩いているうちにいつのまにか公園に入っていった。
木立の間に、芝生の広場があった。
のんびり過ごす人たちを見て、自分は何でこう苦しむのか。
彼は力なく芝生の上に腰を下ろして、所在なくゴロンと寝転んだ。
その拍子に空を見上げたのだ。

まぶしいばかりに太陽が輝き、どこまでも広い空に、雲が風に吹かれて、ゆったり動く。
それを見つめているうちに、「行雲流水(こううんりゅうすい)」という禅語が浮かぶ。

「雲の如く、水の如く」か、忘れていたな、「この心か」と思った。

何か気持が少し和らいできた。
銀行が金を貸してくれない。
業者が借金を待ってくれない。
くよくよしている自分がすごく小さく思えてきた。
やれるだけやって、つぶれたらそれは仕方ないじゃないか。
またゼロから始めたらいいじゃないか、そう肚(はら)が据(す)わったら、
なんだか気持が軽くなってきた。
彼は立ち上がり、意を決して再び金策に向った。

次の日、援助してくれる人が見つかり、それからうそのように好転して、
おかげで廃園せずにすんだという。
後で聞いたそうだが、援助してくれたある人が
「厳しい状況なのに、あの明るさはすばらしい。なんとかしてあげたい」と思ったという。
今にも死にそうな顔をした、暗い人なんか信じる人はいない。
そんな人に貸す人はいないに違いない。

『禅、「あたま」の整理』知的生き方文庫

「行雲流水」とは、空を流れる雲や、川を流れる水は、一箇所にとどまることはないし、
常に表情を変え、変化しているということ。

雲水(うんすい)とは、この行雲流水の略だが、ひとつところにとどまらず、
行脚(あんぎゃ)するさまを言っている。
行脚は、根無し草のようにただフラフラと歩きまわることではない。
何事にも、飄々(ひょうひょう)として、こだわらず、淡々と生きることだ。

誰の人生も、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)の時ばかりではない。
山もあれば、谷もある。

万策尽きたとき、ふっと、空を見上げ、雲をながめてみる。
そして、「行雲流水」の心境で、「やるだけやって駄目なら仕方ない」、と肚を決める。

こだわりや執着がなくなったときにはじめて、思わぬ力がわいてくる。
とらわれの心がなくなり、スカンと突き抜ければ、気が楽になり、笑顔や明るさも出てくる。

どんな苦しい時でも「明るい人」を、天は見捨てない。



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