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2010.7.19

黒船をつくりたい

司馬遼太郎の心に響く珠玉の言葉より…

ペリーが入ってきた江戸湾頭で、岸に立ってペリーの蒸気船をはじめてみた
大名の伊達宗城(だてむねなり)は、かれらの自走性におどろく一方、これをつくりたいと思い立ち、
四国の西南のすみのかれの領地(伊予宇和島十万石)に帰ると、すぐ着手した。
三年後に似たようなものを造ってしまったのである。

命ぜられて、蒸気機関を想像と見当でつくったのは、
城下で仏壇の修理業を営む嘉蔵(かぞう)という器用貧乏の職人だった。

かれはむろんペリーの黒船などは見たこともなかった。
船体のほうは、藩の客分の蘭方医村田蔵六が、オランダの書物をみて、半ば想像でつくりあげた。
三人とも敢為(かんい)というほかない。

先日、アラブのバーレーンの大学教授がきて、どの外国人も日本人にききたがるように、
かれも、日本がなぜこんにちのようになったか、ということを質問した。
私は、先の嘉蔵について話をした。

「嘉蔵のような日本人がたくさんいたからです」
「その船はうまく動きましたか」
とバーレーンの教授がきいた。

「いや、船体のわりには機関が小さすぎました。宇和島湾内で試運転したとき、
よろよろと進んで、小さな波がくると、押しかえされたりしましたから、失敗でしたな」

「すばらしい失敗!」
教授は大笑いしたあと、
「私はその宇和島へゆきたい」
と真顔でいった。

『風塵抄』中央公論社

吉田松陰は「狂愚(きょうぐ)まことに愛すべし、才良まことにおそるべし」と言った。
(感奮語録より)

狂愚とは、狂っていて愚かであることだが、愛すべき狂気のことだ。
才良という頭のよいだけの人間はまことに恐ろしい。

つまり、稚気(ちき)ある狂愚は行動の原動力となるが、理性や頭のよさは行動にはつながらない。

蒸気船をみただけで、「それを作れ」と命じる伊達宗城も狂愚だが、
蒸気船を一度も見ずに、想像と見当だけで作ってしまう嘉蔵も狂愚だ。

明治維新には、このような、後先を考えない狂気ともいえる行動を起こした人々が何人もいた。
だからこそ、世界でもまれな一種の無血革命が成ったともいえる。

新しくやることを、くまなく調査の上、頭で考え、
絶対に失敗のないようにやろうとしたら、行動は起こせない。

戦場で、大将が自分の防御もなにも考えず、
ただ一人、単騎で駆(か)け出し、あとから部下が付いてくるような狂気の行動力が非常時には必要だ。

失敗を恐れ、自らの保身を考えた時、行動は止まる。
敢為(かんい)という、困難に屈しないで物事をやり通す気概があれば、たいていのことは成就できる。

先が見えない時代は、前後を考えない、無謀とも思える行動力も必要だ。



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