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2010.4.26

草履片々(ぞうりかたがた)、木履片々(ぼくりかたがた)

火坂雅志(ひさかまさし)氏の心に響く言葉より…

【草履片々、木履片々】

片足に草履、片足に木履(げた)を履(は)いた不完全な状態でも、
人には走りださねばならない時がある。
(黒田官兵衛)

織田信長から毛利攻めの司令官を命じられた秀吉は、
次々と城を落とし、最後に備中高松城を囲んだ。
その秀吉の軍師として、史上稀(ま)れな水攻めを仕掛けたのが黒田官兵衛である。
高松城は本丸のみを残して水中に没し、落城は時間の問題だった。

そんなとき、羽柴陣に、
「京本能寺で信長横死(おうし)」という、
驚天動地(きょうてんどうち)の知らせが飛び込んできた。

秀吉は度を失った。
なんといっても信長は、草履取りだったおのれを、
織田家重臣のひとりにまで引き上げてくれた絶対的な存在である。
秀吉は戸惑い、途方もない喪失感に襲われた。

ふと気づけば、自分たちは敵地の奥深く取り残されている。
上方の変事が毛利陣につたわれば、
相手は講話に応じるどころか、かさにかかって攻めかかってくるだろう。
滅びの予感が、秀吉の胸に潮のように押し寄せた。

そのとき…
「あなたさまに、ご運が向いてこられましたな」
大きなまなこを底光りさせ、秀吉の耳元でささやく男がいた。
黒田官兵衛である。
「これは危機ではござりませぬ。
むしろ天が下された千載一遇(せんざいいちぐう)の好機と考えるべきです」

官兵衛は秀吉に向って言った
「草履片々、木履片々」

人は慌てていると、片方の足に草履、
もう一方の足に木履を履くなどという、とんでもない間違いをおかす。
普通であれば、走りにくいことこのうえないが、それでもなお、
人には走りださねばならない瞬間がある。

それを、まだ時が至らぬからと一瞬でも躊躇(ちゅうちょ)していると、
潮はたちまち引いていってしまう。

『武士の一言(いちごん)』朝日新聞出版


秀吉は、全行程200kmをたったの5日で移動するという、
伝説の「中国大返し」を実行した。
そして、明智光秀を討ち、結果として天下人へと上りつめた。

絶体絶命の危機だと思っていたことが、実は見かたを変えれば、
千載一遇の好機だった、ということは世に多くある。

危機的状況のとき、「これこそ好機!」と励ましてくれる、
友や、師や、家族を持つことは大事だ。

誰もが、危機の真っ只中にあるときは、うろたえ、意気消沈し、元気がなくなる。
しかし、「ピンチはチャンス」という言葉のとおり、
ピンチを脱すれば、そこにはチャンスという楽園が待っている。
その危機が大きければ大きいほど、得られる果実は大きい。

誰にも、チャンスは平等にやってくるという。
だが、たいていの人間は、「まだ機が熟さない」とか、
「まだ実力が伴わない」等と考え、大きなチャンスを逃がす。

しかし、皮肉なことにチャンスの来る時は、ほとんどが、
準備も整わず、金もなく、実力も足りない時だ。

十分な準備が整うときまで待っていたら、人は永久に一歩を踏み出せない。

「草履片々、木履片々」

チャンスのときは、どんなに、格好が悪かろうが、しゃにむに、走り出すことも必要だ。
じっくり考えていたら、好機は一瞬でなくなってしまう。

人生ここ一番の好機に、後先考えずに走り出す人でありたい。



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