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2010.1.3

人生生涯小僧のこころ

足掛け九年に及ぶ長く厳しい想像を絶する行、
「大峯千日回峰行(おおみねせんにちかいほうぎょう)」。

その1300年の歴史の中で2人目となる満行を果たした
塩沼亮潤(しおぬま・りょうじゅん)師の心に響く言葉より…

千日回峰とは、往復四十八キロ、高低差千三百メートルの山道を
十六時間かけて一日で往復し、合計四万八千キロを歩き続ける修行。

もし、途中でこの行をやめるときは、左腰に携えている短刀で自分自身の
腹をかっ切って自害するという厳しい掟(おきて)がある。

そして、千日回峰が終わると、
さらに厳しい行、「四無行(しむぎょう)」が待っている。
「四無行」とは、九日の間、「断食、断水、不眠、不臥(ふが)」
すなわち「食わず、飲まず、寝ず、横にならず」を続ける行。
生きて帰る確率は五十%という危険極まりない行だ。

塩沼師は
『私は四無行に限らず、苦難に遭(あ)うといつも
「これが自分の日常なんだ」と考えるようにしております。

すると、一種の暗示効果で「あっ、こんなものか」と思えるのです。
逆に、何でこんな苦しい目に遭わなくてはいけないのだろうかと思うと、
不平不満が次から次へと口をついて出てまいります。

与えられた環境を特別なものだと思わず、それを日常と考えて
適応していくようにすることがとても大切なのだと思います。』

『一に勤行(ごんぎょう)
二に掃除
三に追従(ついしょう)
四にあほう
と申します。

追従(人が喜ぶことを言う)までは誰でもできるのですが、
四番目のあほう(自分を捨てる)にはなかなかなりきれません。

自分の悪いところを指摘されると、どうしても感情を顔に出したり、
言葉に出したりというのはあほうになりきれていない、
つまり我があるということです。』

『人生生涯小僧のこころ』(塩沼亮潤)致知出版より抜粋転載

「人生生涯小僧のこころ」とは、千日回峰行の
九百九十九日目の夜に色紙に書いた言葉。

あと一日で千日回峰行を終えようとしている自分と、
19歳の頃、雑巾(ぞうきん)をもち、箒(ほうき)を持って
駆けまわていた小僧時代の自分は、何も変わっていない。
心のうちには同じような熱い気持ちがある、と。

千日回峰行は、京都の比叡山で行う場合と、
奈良の大峯山で行うものがある。

どちらが難しいと言うことは、恐れ多いが、
大峯山の方が数倍、困難だと言われる。

比叡山の方は、戦後では13人、累計では50人
の行者が満行を果たしたそうだ。

満行した行者は、大阿闍梨(おおあじゃり)と呼ばれ
生き仏としてあがめられる。

以前、塩沼師の講演を拝聴したことがあったが、
講演後、塩沼師は「心清ければ 迷いなし」
と著書にサインしてくださった。

師は、まさに「清々(すがすが)しい」という言葉以外には
表現のしようのないほど、清々しい凛としたお顔。

しかも、まったく偉ぶらず、
謙虚で、笑顔の素晴らしいお方だ。

塩沼師ほどの大阿闍梨であっても、
「我を捨てるのが難しい」とおっしゃる。

我々凡人は、我を捨て去ることができぬまでも、
せめて己の我の強さに気づくことが必要だ。

そして、自分の与えられた環境に愚痴や不満を言わず、
どんなに苦しくとも、「これが自分の日常なんだ」
と思う習慣を身につけてみたい。



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