2009.10.7 |
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宇野千代と中村天風 |
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宇野千代さんは小説「おはん」を書き終えた後
まったく何も書けなくなり筆を折ろうとした
その頃出会ったのが中村天風師
すぐに天風会に入り教えられたのが
「積極(せきぎょく)の心」だった
「人間は何事も自分の考えた通りになる
自分の自分に与えた暗示の通りになる」
「出来ないと思うものは出来ない
出来ると信念することはどんないことでも出来る」
なんとそれから程なくして千代さんは
執筆活動ができるようになった
では私は書けないと思ったから書けないのか
書けると信念すれば書けるようになるのかと、思い
ぴたりと一行も書けなかったが
ある日、二,三行書いたら、書ける
それで、また一行…
ひょっとしたら書けるのではないか
と、そう思った途端に書けるようになった
(中略)
「失恋すると思うから失恋するのだ」
『天風先生座談』より
あ、いやだなあ、つらいなあとため息をつく代わりに
ちょっと心のチャンネルを切り替えて
その答えでも見つけるつもりで、幸福の種を探してみてください
最初はなかなか大変でもくり返しているうちに
すばやく見つけられるようになり
そのうちどんなときにも
幸福を探すのが癖になります
そこまでくれば、あなたは達人
私と同じ幸福探しの達人になれます
『幸福に生きる知恵』より
「そう、近ごろ、私はふと思うのですが、
私は、何だか死なないような気がするんですよ
こんな私はおかしいでしょうか。ハハハハ、ハ。」
『私 何だか 死なないような気がするんですよ』より
「お洒落をしない人間は泥棒より醜いと思う」
女は幾つになっても
お洒落をすることを忘れないようにしてほしいものだ
と私は思うのである
世間には、お洒落をしないことを
自慢のように言っている人もあるが
しかし、私は、そのときそのときに会う相手に対して
それでは失礼ではないかと思う
『しあわせ人生』より
人間同士のつき合いは
この心の伝染、心の反射が全部である
何を好んで、不幸な気持ちの伝染
不幸な気持ちの反射を願うものがあるか
幸福は幸福を呼ぶ
幸福は自分の心にも反射するが
また、多くの人々の心にも反射する
『生きて行く私』より
13歳で無理やりに従兄弟と結婚させられたがそのまま家に戻ってしまい、その後教員となる
22歳で事業家の藤村忠と結婚
24歳で懸賞小説の一等となり、小説家の道を目指す
25歳で作家の尾崎士郎と同棲
27歳で忠と離婚し、士郎と結婚
33歳で士郎と離婚し、画家東郷青児と同棲
37歳で青児と離婚
42歳で作家の北原武夫と結婚
50歳で「おはん」の連載を始める
67歳で天風会入会、武夫と離婚
86歳で「生きていく私」連載開始、100万部のベストセラー
98歳で没
その間には…
教員時代の同僚との恋とスキャンダル
教職を追われた後、最初の結婚相手の弟を頼り、同棲
詩人萩原朔太郎の離婚の原因となった恋
北原武夫とは恐ろしい額の借金
(借金完済の後、武夫とは離婚)
しかし、千代はめげない
いくつになってもお化粧してお洒落して
きもの研究所を作ったり
パリへも着物姿でいき、着物で通したという
あくまでも明るい天女のような
宇野千代さん
波乱万丈
破天荒
奔放で恋多き女
まさに積極の心で生き抜いた人生だった
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